カント『プロレゴメナ』

プロレゴメナ (岩波文庫)

プロレゴメナ (岩波文庫)

いまさらながらに、カント哲学の体系性に感服させられた。
人間の理性というものには、実体としての私やら、無限なる宇宙やら、完全なる神やら、なにかしらわれわれの経験を超越した概念を志向する傾向があるようだ。『純粋理性批判』は形而上学という学問が成立可能な境界画定を行う試みであったが、この場合上に挙げた三つの理念(心理学的理念、宇宙論的理念、神学的理念)は、われわれの経験的領域(現象)の体系性を統一するという適切な目的を離れてしまえば、「理性の経験的使用を混乱せしめ、他方では理性の自己矛盾を生ぜしめる」(209)結果を招くことになる。

とはいえ、カントが面白いのは、こうした理念の超越的行使を、単なる蒙昧、虚構として退けるのではなく、そうした傾向がそもそも人間には自然的素質としてそなわっており、むしろ人間がこのような傾向をもつその自然的目的を究明することを自らの課題として引き受ける点にある。この課題は、形而上学の客観的妥当性に係わる問題ではないため『純粋理性批判』では扱うことができない。しかし、人間理性の自然的傾向性そのものが『純粋理性批判』の外部を要請する、すなわち、それが『実践理性批判』であり『人間学』である。形而上学、道徳、美学といった区分を予め設定するのではなく、人間理性の本性そのものがこれらを有機的に結びつけ、ひとつの体系性を構成しているのである。