血が泣いてる。

八月の光 (新潮文庫)

八月の光 (新潮文庫)

友だちに強く勧められて読んでいる。

一見すると黒人と白人の対比がモチーフなだけに、単純なように思えるが、構成、描写はさすがともに緻密。父親が黒人でありながらも白人として育てられ、敬虔なクリスチャンである養父に虐待されつつ青年期を過ごすクリスマスという男。彼は自身のなかに流れる黒い血を嫌悪するとともに、あらゆる黒人に対して暴力的に振舞う。それに対し、黒人擁護に加担して殺害された祖父と兄をもち、いまなお黒人解放の仕事に従事する白人の女性ミス・バーデン。この二人が狂気的でありながら、なおかつ静謐な関係を取り結ぶ(取り結びえない)場面がとても印象的だ。

小説全編を通して流れているのは、呪いとしての黒い血、その匂いである。谷で殺した羊のなかに両手を入れたときの温かな血、大量に飲み込んだ練歯磨に逆流する吐瀉物、藪陰に潜んで男を待つ欲情した中年女の裸体。これらの匂いが夏の湿った空気とともに下から立ち上る。それでいて美しい小説。


湿気を含んだJRの陸橋を渡るとき、生ぬるく湿った空気とともに立ち上る精液のような匂いで思い出されるのは、僕の場合、小学生のときのプールサイドであり、そのときのじりじりと照り返すコンクリートの熱と、体育座りする自分の足の甲を流れる水滴だ。